(日記)箱根山下山、16km

箱根山というのは芦ノ湖や大涌谷や強羅がある天下の険ではなくて、新宿区のど真ん中、俺の会社の裏にある山のことである。標高44.6mを誇り東京山手線内の最高峰だ。

要するに、箱根山を下山というのは単に会社から歩いて帰るというだけの話で、カテゴリもただの「日記」である。

俺は幸いなことに家から東新宿の職場まで、距離が13kmくらいしかない。3時間程度なのでその気になれば毎日歩いて帰ってもいい程度の距離感だ。なので電車で出社して帰りに時間があるときは、気が向いたらときどき歩いて帰ることにしている。東京の街の隅から隅まで僕らガッツリ現実の中である。



ここが登山道へのアプローチだ。
何やら木々に囲まれているが、東京都新宿区のちょうど中心あたりに位置し、ニュース等で「都会の限界集落」などと住人の皆様には大変失礼な紹介をされていることが多い戸山団地である。静かでなかなか良いクラシックな団地だと思うんだけど、確かに限界度が高くしばしば孤独死のニュースが流れるのもまた事実である。昼下がりに仕事をサボりながらこの団地内にある小学校から下校していく子どもたちを見ていると、この子達はまじで人類の宝だなと涙腺が緩んだりするが不審人物待ったなしなので我慢する。



登山口着いた。

「ようこそ箱根山へ」

ここからは険しい登山道が始まる。
ちなみに去年は担当の皆と一緒に弁当買ってきてここで花見した。
あと、2年くらい前にかつて無いくらいにこの場所が注目の大混雑スポットになったことがある。ポケGOリリース直後に当時数少ないピカチュウの巣だったのだ。



必死で登攀に挑むと、1分ほどで山頂である。人気はないけど夜もわりと明るいので安心だ。



登頂。ピークハント。Yeahhh
これが山頂からの景色だ。左手にドコモ岳、右手にコクーンのタワや野村山やアイランド嶺が同定できる。

ちなみに、箱根山はサービスセンターに行くと登頂証明書を貰えるんだけど、それは2つに分かれた戸山公園の大久保地区(高田馬場側)にあるためこの位置からだと15分近く歩くことになる。遭難しないように気をつけたし。



下山します。



あまり知られていないことだが、箱根山には山小屋がある。
お弁当がテイクアウトできるのでチェックしておくといいだろう。



とりあえず大久保通りで東へ向かう。
俺は会社が東京の西、家が東京の東にあって基本山手線を対角線上に突っ切ることになるので、下山ルートは何通りもルートが取れる。最短なのは登山路で靖国通り、下山路で大久保通りをまっすぐ向かうことで、これが13km。それだとつまんないから今日は違うルートで、坂やら谷やらを越えることにする。

ところで若松町の交差点からちょっと早稲田に下ったところにある高七という天ぷら屋さんがめちゃくちゃ美味しい。たまに昼ごはん食べに行く(なお1時間で戻れるかは怪しい模様)。



神楽坂上。

以前飯田橋で働いていた時期があったし今も毎日ここを通るのでわりと馴染みがある場所なんだけど、どういうわけか本当になぜだかつらい思い出しかない。たぶんほぼすべてが仕事絡みでイマイチパッとしない話があったときにここにいることが多かったせいだと思う。
雰囲気があってとてもいい街のはずなんだけど、どうやら俺は相性があまり良くないらしい。



普段は飯田橋交差点に降りてから秋葉原へ向かうんだけど、今日は散歩なので東京散歩と言えばの谷とか根とか千とかの方から帰ろうと思う。

左折して後楽方面へ。ここ、10年位ずーっと工事してたよなあ。
目の前のあの辺で働いてたんだけど残業月150時間とかでたいそう忙しかった。深夜タクシー乗るのが嫌で結局スーツでこっそり自転車で会社に行ってた。俺が生きているのはきっと自転車セラピーのおかげだ。



渡渉します。



登山後の楽しみと言えば風呂が付きものである。幸い風呂があるしドームもあるしサンダードルフィンもある。



ムーミンもいるので若干野山と言えなくもないが来月飯能にムーミンパークができるらしいのでたぶんそっちのほうが野山だと思う。でもここには戦隊もいる。



まっすぐ本郷の丘には登らずに、一瞬北上して言問通りに入ります。



春日を過ぎると突然文京区感が出てくる。不思議なもので、区ごとに街の雰囲気に特色があるのがなんとなくわかるのが面白いなあといつも思う。



坂を登って本郷弥生へ。東大の間を通って東へ向かう。

俺はいろいろあって(※ただ引きこってたので何もないとも言う)大学へは行っておらず、それをどうこう思ったことは無かったんだけど、最近とみに大学へ行ってみたかったなと思うようになった。純粋に勉強したいし楽しそうだ。自分の子どもたちと大学の話をすることもできたかもしれない。体験が無いことは上手く語れないんだ。

まあ何も東大のイメージはないけれども。



谷根千の根。たい焼きとか、芋菓子とか、うどんとか、手ぬぐいとか、神社とか。



根を過ぎると突然コテコテに散歩の達人的な感じというか芸大生的な感じになるんだけど、正直、ここ10年のブームはちょっとやり過ぎだとは思う。



それっぽいお店。



いい感じのお店が多い。



以前この辺にトーキョーバイクのお店があったと思うんだけど、今は坂の上のもっと古民家カフェっぽいというか古民家物件に移転したようだ。
いろいろ評価はあるけど、このご時世に利鞘の取りづらい自転車という商材できちんと売れて、かつ生き残っているのは大したものだと思う。本当に最初の頃、気になってココで24インチのやつレンタルしてみたことがあったな。



谷根千の谷、上野桜木。
カヤバ珈琲は最近はインバウンド需要でいつも賑わっているらしい。



そんな上野桜木を抜けると突然バタ臭いネオンが現れて、あれは山手線随一のミステリーゾーン鶯谷なのであってステキ谷根千を求めて来る人達にとってはちょっとどうなのあれってなりがちだと思うんですけど、俺はこの突然鶯谷が現れる感がわりと嫌いじゃないです。



昔、通ってた学校が鶯谷にあったので毎日通ってたのでたぶんそのせいもある。
俺は神奈川県町田市に住んでいたので、なんでわざわざ地元からクソ遠い東京の反対側の学校を選んだかと言うと、単に東京の反対側に行きたかったからです。

そうでもなければわざわざ鶯谷に行きたいということってあまりないだろう。
ちなみに、通ってた学校は卒業してすぐに倒産して潰れた。校長が乱脈経営で持ち逃げしたとか、いやそうじゃなくて経営陣が天下りで都の利権でどうしたとか、どうたらこうたら。今はマンションが建ってる。卒業証明必要なとき、出るとか出ないとか聞いたけど詳しくは知らない。今更もうなんでもいいや。



陸橋を降りる。



物々しい階段を下り切ると、目の前にこのルートの最高峰(標高634m)が見える。
スカイツリーが見えてきた、俺の家も近い。



若者だったせいもあるとは思うんだけど、昔はじめてこの辺に来た時ビシッと曲がり角ごとに国籍不明なお姉さんが立っているのを見てすげーところに来たなと思った。

今も変わらず街角にはお姉さんが立っているのだろうか。



かの有名な東京キネマ倶楽部がある鶯谷駅前。

ちなみにわりと嫌いじゃないと書いたけど、何か良い思い出があったとか、特別な思い出があったとか、鶯谷的な思い出があったとか、そういうのは何一つ無い。ていうか、この歳になっても「良い思い出」という概念が今ひとつよくわからなくて、思い出すこと=何らかの悪いフラッシュバックに置き換えられがちな性質がある。おそらくなんかスイッチがぶっ壊れているんだと思う。



恐れ入谷の鬼子母神前。
昔、わざわざ朝顔買いに来たっけな。あれは良い思い出だ。良かった、良い思い出があった。

最近ここの昭和通り沿いに新しくできたラーメン屋がかなり美味い。「晴」だっけ?濃厚煮干し系の、今どき風の。

でも、もう10年近く前に閉まっちゃったけど、ここの路地を裏手に入ったところにあった「光江」っていうラーメン屋さんのあっさりした醤油ラーメンが最高に美味しかったな。チャーシューに、メンマに、ほうれんそう。食べたいな、光江のラーメン。



時が止まったままの、僕の、心を、2階建てのバスが追い越していく。

ちょうど明日からシティーハンターの映画やる。観に行くよ、観に行くけど皆ゲワイゲワイ言ってるけど俺はGet WildよりStill Love Herのほうが最高のエンディングテーマだと思うんだよね。あれ、名曲中の名曲だろ。小室もすごいけど、木根さんとの合作なんだよあれ。

ただ、たぶんイメージとしてははとバスじゃないよね、あのバス。



台東区の台東区らしいところ。定食屋さんがあるところ。



カッパ・ブリッジ。



浅草まで来た。
だいたいにおいて浅草って夜通るとあまり開いているところも無いし、わりと不安になる場所である。



ひさご通りの反対側は千束通り。
ここ結構立派な商店街なんだけど、余所者から見るとなかなか不思議な場所に感じる。浅草には旅行客が多いけどこっちはほとんど地元の人しかいない。この写真の突き当りの先が吉原だ。

地元の人でも無ければほとんど来ることの無いエリアだけど、ここ数年通勤に飽き飽きして毎日違う道、できれば通ったことのない道を通ろうとしていたせいで吉原や日本堤のあたりも妙に(道だけ)詳しくなった。なんとも言えないけど、すごいところだと思う。
最近は遊客や日雇い労働者よりバックパッカー向けのゲストハウスが多いらしい。特にアラブ系の人たちがこの地区に多く居るそうな。



その隣の花の辻商店街。やたら照明が明るい。



工事。夜東京を歩いていると、すげー工事多いな、どこかしら工事してるよなって思う。
そういえばもう2月も半ばか。街中掘り返しまくりの時期だ。



ここはどこでしょう。浅草寺です。

雷門から見ると超スーパー浅草な場所なんだけど、裏手はすごく地味なのだ。



浅草寺を抜けて、ラーメン弁慶本店の前を通って、言問橋へ。
#俺はだいたい街や道や史跡の場所をラーメン屋の位置で記憶している。

ところで、隅田川にはたくさんの橋があり、重厚な永代橋や、超スーパーかっこいい清洲橋のように様々なアーチがあるわけなんだけど、言問橋は妙にだだっ広く、平べったいのが前から気になっていた。新しい橋というわけじゃなくて、他の有名な橋と同様関東大震災から100年の伝統がある橋である。

なので、Wikipediaで調べた。以下引用。
1923年(大正12年)9月に発生した関東大震災の復興事業として425の橋が建設された。復興局は相生橋永代橋清洲橋蔵前橋駒形橋、言問橋など115橋、東京市厩橋吾妻橋両国橋など310橋を担当した[1][2]。復興局が建設した隅田川六橋は、地形の制約が無い限り、景観を考慮して鋼構造が路面よりも低い上路形式を採用した[3]

言問橋建設前に橋は無く、渡しがあるだけだった[4]。架けられたのは、両岸から伸びる桁(突桁)が、川の中の2つの橋脚を支点として中央の桁(吊桁)を支持する上路形式のゲルバー橋であり、岩切良助が設計した。総鋼量2,718t。基礎にはニューマチックケーソン工法が採用された[5]。塗装はオイルペイント上塗の3回塗で色はグレー[1]。1928年(昭和3年)2月10日竣工[5]、総工費1,830,713円[3]

両国橋や大阪の天満橋と並んで三大ゲルバー橋と呼ばれた。川端康成は小説『浅草紅団』(先進社、1930年[6]の中で、その直線的で力強いデザインを曲線的で優美な清洲橋と対比させ、「ゆるやかな弧線に膨らんでいるが、隅田川の新しい六大橋のうちで、清洲橋が曲線の美しさとすれば、言問橋は直線の美しさなのだ。清洲は女だ、言問は男だ。」と記している。
 


渡渉。



6国。水戸街道。
左手に行くと茨城だ。すごい(何がだ)。

このルートの特徴は突然スカイツリーの前に渡ることです。西から東に帰ってくるとだいたい隅田川を渡ってしばらくしてからあれを横目に通過するので、なんとなくワープした感があるんです。自分だけだと思うけど。



写真であれの上が切れているのは、単に今50mm単焦点しか持ってないからです。

それはそうとして、スカイツリーを撮る人は北十間川沿いに全景を入れたり、浅草からアサヒビールと一緒に撮ったりするんだと思うんだけど、近所に住む者としては墨田側から見たこの何の変哲もない下町に突如鉄の塊が現れたというシブさ、デカさ、異物感にSFを感じるのでこの角度から見た大雑把すぎた、それはまさに鉄塊だった感がわりと好みです。



元業平橋駅。つーかとうきょうスカイツリー駅ってやっぱ変だわ。
観光客案内するなら押上のほうがいいだろうし。



22時を過ぎると人がいない、



北十間川を歩いて、



このルートのピーク(634m)。登らないけど。登ったこともないけど。
人生であの展望台に登ることはあるのだろうか。なんとなくだけど無い気がする。

ここからこのまま亀戸まで浅草通りをまっすぐ行くのが近いんだが、夜何もなくてヒジョーに物寂しいのでここから南下する。



錦糸町。



楽天地。

TOHOシネマズ錦糸町(楽天地)になってしまった楽天地。
あんましTOHOシネマズ好きじゃないんだよ。そして俺はオンボロでガラガラでおばあさんがせんべい食う音とかする楽天地シネマが好きだったんだ。ポイントカードじゃなくてスタンプカードがいいんだ。古いとか暗いとか設備悪いとかGoogleレビューで散々書かれてるけど、ほっといてくれよ、あの「ちょっとご近所で映画を観ます」感が良かったんだ。ミニシアターとか名画座のそれじゃなくて、あの生活感と特別感が入り交じる感じが好きだったんだよなあ。別に単なるレトロとかノスタルジーじゃなくて、古くて、傾斜がなくてスクリーン前に舞台があるあの独特の間取りで、最前列に座って足を投げ出して映画観るのががささやかな幸せだったんだ。

って、そりゃ、吸収合併されるわな。無念だ。



亀戸の潤でラーメン食って帰った。カロリー消費できない。

貴重な燕三条ラーメンの店。美味い。

徒歩16.4km。この日記に特に意味は無いし長すぎて読めない。

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました