自転車に乗ればいい

読んだ。



anond.hatelabo.jp

増田の文章の冒頭を引用。

何に依存して生きてるんだろう

この超ストレス社会

何か気軽に気分転換できるものって何があるんだろう


おう。そうだな。と思ってブコメを入れようとしたら、俺が言いたいことは既に別の人に書かれていた。

id:hate_flagイイ自転車に乗ろう。イイ自転車はイイぞ。漕いだら進む。漕ぐのやめても相当進む。超漕いだらクルマくらいの速度は出る。で、河川敷とか行って疲れるまで走ったら靴脱いでパンとコーヒーとで文庫本読む。シアワセ。


おお!素敵なブコメだ。
スターを付けようとしたけれど色の付いた★を持っていないので、何回か連打してしまった。膝を打つならぬ星を打つ。

真似して俺も書いてみる。



まず、自転車屋さんに行ってちょっといい自転車を買おう。

ちょっとでいい。欲しいなら買ってもいいけど、雑誌で「始めるならこれくらいは」と書かれているような、10万円以上するロードは必要ない。

たくさんの人が乗っているジャイアントのクロスバイクでもいいし、つくりのしっかりした折りたたみ自転車なんかでもいい(DAHONがおすすめだ)。できれば4万円~5万円くらい出せれば、良い相棒に巡り会える可能性がぐっと高くなる。
小さな自転車屋さんに入りづらければあさひあたりに行って選んでもらってもいいし、整備の当てがあるならそこそこ良く走るロードだって買える。

もしその余裕もなければ、まずはママチャリでもいい。その場合は、自転車屋さんか詳しい人がいれば見てもらって、とにかくポジションと空気圧だけは正しく合わせてもらうといい。

自転車は、とても敷居が低い。

威張れる域に達するのは難しいけれど、そもそも威張る必要も肩肘張る必要もない。

速い人は驚くようなスピードで、遅い人はゆっくりと、漕いだら漕いだ分だけ進む。どんな人だって、自分の力で行けるところより遠くまで自転車が連れて行ってくれる。運動の得意不得意はあまり関係ない。その人その人に合った速度で、漕いだ分だけ進むだけだ。だから、あまり人を選ばない。

ランニングも登山もいいのだけれど、この敷居の低さは自転車特有のものだ。
俺は山登りが好きだけれど、高い山へ向かうときは「よし行くぞ」という気持ちと、それなりの準備が要る。つまり、「その目的のために」それをやらなければならないという事情において、自転車ほどの気楽さはないし、それを求めてもいない。

自転車は、日々の日常の行動の中に取り込むことができる。

住んでいる場所や仕事の条件によっても事情は変わってくるけれど、基本的には「通常の移動」の中に存在することができる。
できれば会社まで、無理ならば駅まで、あるいはちょっと遠くのスーパーまで。そんな日常の中で、当たり前のように存在する時間を息抜きの時間に変えることができる。

きちんと整備された自転車があるならば、最初だけちょっと思い切って普段より遠くに行ってみるといい。いきなり100km走れ、とはまったく思わない。10kmでも、5kmだけでもいいと思う。

海があるなら海まで、川があるなら川までとか、お気に入りの喫茶店とかそういうのも良さそうだ。普段走ったことのない道に入ってみたりすると、また新しい発見があるかもしれない。
バッグには温かいコーヒーとマンガとか、カメラでも入れて、落ち着くところに座ったらお茶をするなり写真を撮ったりして過ごすといい。お洒落な諸兄ならパンケーキの美味いカフェで本を読むのでもいい。クサいとかきもいとか言うやつは放っておけばいい。それだけで、ちょっとだけいい時間を過ごした気持ちになれる。

めんどくさいと言う人は騙されたと思って何度かいろんなところに行ってみてほしい。最初からピチっとしたジャージを着る必要なんてないし、自分のペースでいい。少しずつ遠くへ行ってみると、気がついた時には自転車で驚くほど遠くまで行けることに気づくはずだ。自転車はいつでも新しい景色が見える場所まで連れて行ってくれる。

以前、仕事がボロクソに忙しくて、毎晩タクシーになってしまうような生活で大好きな自転車にも乗れなくなり、ストレスが貯まる出来事がたくさんあって心身ともにズタボロになった時期があった。

このままじゃイカンと思って、疲れきったある日思い切って自転車で仕事に行ったら、真夜中の帰り道、自転車の上で無心になったとき、スーッと何かが浄化されるような気がした。夜の風が気持良くて、自転車を操る腕を邪魔するものが何も無くて、ああ、自分の世界はここにきちんとあるじゃないか、と思った。
それ以来、スーツだろうと、片道40kmあろうと、行けるときは自転車で仕事に行くようにしている。仕事へ行く往復がエンターテイメントに変わるのだ!こんな贅沢なことはない。

俺にとって、自転車は自由そのものだ。はじめてひとりで海まで走った小学生のときからずっと、自由ってなんだと考えるとき、自転車に乗っている時を思い浮かべる。
漕いだら進む。漕いだだけ進む。曲げれば曲がるし、足を止めれば自転車も止まる。だから、自転車は自分そのものだし、自由そのものなのだ。

それを感じられるっていうことが、気分転換ということなんだと思う。
酒も煙草も必要ない。

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