多数決が嫌い

好きなものの話を書いたから、たまには嫌いなものの話を吐き出したい。

ムラ社会、お役所仕事、多数決、蚊、クラクションの音、それから……

考えれば色々あるかもしれないけど、とりあえずそんなところだ。
で、今書きたいのは「多数決」が嫌いだ、という話である。

 

多数決が苦手なのだ。

というより、とても嫌いなのだ。

そのわけは、人にとってはくだらなくて、瑣末で、噴飯ものの話なのかもしれないけど、俺にとってはたぶん、自分の人生に大きな影響を及ぼした、とてもとても大きな出来事なのだ。

しばらく忘れていたのだけれど、録り溜めていた深夜のTVアニメを観たらその思い出を驚くほどありありと思い出してしまった。そのアニメに、まるで昔の自分の無念のようなものがほぼそのまんまで描かれていたのだ。びっくりしたよ、もう。
思い出したから、記録してその記憶とともにある苦い感情を供養したい。



 

話は今から30年以上前、小学2年生だった時の記憶に遡る。

そんな昔の話だけど、今でもそのときのことをありありと鮮明に覚えているし、信じられないことに結婚して2人の子どもができる歳になってからも、しばらくそのときのことが時折夢に出て叫びながら飛び起きるような、そんな事件があったのだ(上の娘がそのときの自分と同じ歳くらいになって、ようやくあまり思い出さないようにはなったけれど)。
後から現代的に考えれば、これは立派なトラウマってやつかもしれない。

 

当時、俺は少々声はでかいけどそれほど目立つわけでも力があるわけでもなく、積極的でも活発でもない子どもだったはずだと思う。友達が多いわけでもなかったし、問題を起こすタイプでもなかった。はずだ。

小学校の担任はフジワラ先生で、フジワラ先生はお母さんタイプの世間的には悪くない印象の先生だった(はず)と思う。大人しくて目立たなかった(はず)の俺はなぜだか妙に目をつけられてよく怒られて、陰でオニワラ先生とかってアダ名を付けて呼んでたけど。

オニワラ、もといフジワラ先生は今になって思えばどちらかと言えばたぶん文系の先生で、算数や理科はそれほど好きじゃなかったんじゃないかと思ってる。
当時の小学校によくあるように、「友達の輪」とか「みんなでひとつに」というような全体集約が好きな先生で、そして学活で何かにつけて「多数決」でものごとを決めるのが好きな先生だった。

それはもう、異常なくらいに。

たぶん、「多数決」に子ども社会の絶対正義とか美学を見ていたんだろう。
跳ねっ返りを抑えこむツールとしても使い勝手が良かったのだろう。
多少は俺の歪んだ記憶による歪んだ印象が混じり込んでいるかもしれないけれど、概ね間違っていない記憶だと振り返っている。

 

事件はある日の授業で起こった。

ここで、小学2年生の俺は科学的ロジックに基づく行動を取るんだけど、その授業は残念ながら算数や理科ではなく、確か……国語だったかもしれない。

その日、フジワラ先生は

「みんながいちばん好きな『くだもの』を書いてください」

と言った。

小学2年の子どもたちはそれぞれ色とりどりの絵とともに、大好きなくだものを挙げていった。俺も何か書いたはずだけど、自分が何のくだものが好きと言ったのか、そこはよく覚えていない。

そして人気のくだものがグループ分けされていった(なんの授業だったんだろう)。

子供らしく、メジャーで甘いくだものが人気だった。
一番人気はメロン、りんごにみかん、そしていちご………

 

当時の俺は、学研の図鑑とひみつシリーズがバイブルで、昆虫や植物に動物、自動車、電車……そんな図鑑を穴が空くほど読み込んでいる、物知り博士と言われて喜ぶような子どもだった。そして俺には仲良しな4つ年上の兄がいて、同級生が知らないことや、人と違うことを知るのが好きなませた子どもだった。
良く言えば好奇心旺盛、悪く言えば知ったかぶりでひけらかしの面倒くさい子どもだった。

 

俺はなんとなく我慢できなくて、なにげなく発言した。

ねえ知ってる、メロンはくだものじゃなくて、ほんとうは野菜の仲間なんだよ。あと、いちごも野菜の仲間なんだよ。本当だよ。

最初はそれほど強い口調で発言したわけじゃなかった。

破れてセロテープで補強してまた破れるほど読み込んだ俺のバイブルである学研の図鑑「植物」の、「果物」のコーナーの最後に、「ほんとうは野菜のなかま」というページがあって、そこには確かにメロンとすいか、いちごが載っていたのだ。。間違いない。。
そうだ、ほんとうのことはおしえてあげなくちゃいけない……!!

その声はガヤガヤくだものの名前を叫ぶ子どもたちの声にかき消されたけれど、何度か本当だ、嘘だと言い合いをしていたら、フジワラ先生がオニワラの顔で反応した。

「きみは、何を言っているのですか?」

そこではじめて俺は手を上げて、

「図鑑で知ったんです。メロンといちごは野菜のなかまなんです」

と言った。
別に、授業を転覆するつもりなんてなかった。
ただ、知っていることを伝えたかった。本当にそれだけだった。

何言ってんだおまえ、とヤジが飛んだ。
全然気にしていない子もいた。

そんな中、フジワラ先生が言った言葉は、小学2年の俺には到底信じられないものだった。

「何を言っているの。ここにあるのはくだものでしょう。メロンはくだものでしょう。みんなもそう言っているでしょう?勝手なことを言ってはいけません」

“ぼく”の言い方が悪かったのか、フジワラ先生はむしろ怒り気味だった。

(そのときのことを大きくなって……と言っても、5年生とか6年生とかの時のことだけど……から冷静に振り返ってみれば、後になって思えばあのときオニワラ先生にとって必要だったのは、国語的な意味での「くだもの」であり「フルーツ」であって、みんなの気持ちの中にある「くだもの」を通じて会話ができれば良く、植物学的に言うところの「果実」であるか否かは関係なかったってことなんだろうな、とは思ったけれども)

でも小学2年の「ぼく」は、小さな正義が間違いに負けることをどうしても許すことができず、当時できる限りの論理と力を振り絞って最後まで必死で抵抗した。図鑑のことも話したし、調べて覚えた根拠も、木と草の違いも7歳なりに説明しようと試みた。

でも、先に結論を言うと、結局フジワラ先生の言うメロンといちごは最後まで、もっと言えば俺が小学校を卒業するまで野菜の仲間に迎え入れられることはなかった。

今となっては、フジワラ先生がただ本当に学術的な植物の分類を知らなかったのか、輪を乱す反抗的な子どもを収めたかっただけなのか、今でも悔しいのだけれど、今となってはもうわからない。

 

長い話だけど、ここまでが前段で、ここでようやく本題に入る。

それでもなお一人抵抗を続けた俺を前にして、フジワラ先生は32人の児童全員に向かって信じられないことを言った。

 

「いいですか、みなさん。これから、メロンといちごがくだものの仲間か、野菜の仲間か、多数決で決めましょう。」

 

小さな子どもなりにも耳を疑い、それでもなお俺は必死で弁論を続けたけれど、残酷にもこうして俺にとって人生で最悪の多数決は行われたのだった。

多数決はすぐには終わらなかった。

どう考えても「公平な選挙」では無かったのだ。

多数決は、「ツッチ君が『メロンは野菜』だと言います。先生とみんなはメロンはくだものだと思っていますが、どう思いますか?」という掛け声で始まった(現代で考えてみたら信じられないような話だけど、実話だ)。
※ちなみに、俺は「メロンは野菜のなかま」と言ったのであって、「メロンは野菜」と言ったのではない。7歳のその時の時点でも、なんとなくそのニュアンスの違いと、メロンが「くだもの」になってしまう可能性がある論理は子どもなりにわかっていたのだ。それがまたより一層悔しかった。

当然、明らかに劣勢で、9に対して俺の味方は1もいなかった。

ぼんやりとした記憶では、確か当時親友だったアサノ君が最初だけは俺のことを信じて手を上げてくれたような気がしたんだけど、先生はそれも許さなかった。
挙手が始まったあとも、俺の意見を嗜め続けて、すぐあっさりと味方はいなくなった。それをひっくり返す人望も無かったし、戦うにはあまりにも子どもすぎた。

結果、チャイムが鳴るころになって多数決は終わった。

はなっから負け戦だったけれど、その内容が更に7歳の気持ちをざらざらにした。

 

32対1。

「32対1」だ。

児童の数は、32人。

そう、目を疑ったけど、フジワラ先生も自ら「メロンはくだもの」派に手を挙げていたのだ。

その日、少なくとも東京都マチダ市立ミナミツクシノ小学校2年1組においては、「メロンといちごはくだものであり、野菜の仲間ではない」ということが決定した。たぶん、30年経っても覆ってはいないだろう。

その後も俺は諦めきれず、当の図鑑を図書室から持って行ったり、あれやこれやと手を尽くしたけれど、結果は変わらなかったというか、むしろ怒られた。みんなで決めたことを破ってはいけません、っていうようなことだった気がするが、そう言われたというよりは、まったく取り合ってもらえなかった、というのが正しい。

 

今の俺という人間は、その多数決の結果の上に成り立っている。
そう考えるのは自然で明らかなことだ。

幸か不幸か、大人しかった俺はその日からやたらと意見を突き通すことにこだわるうるさい子どもになり、議論で打ち勝つことに喜びを感じるようになった。多数決があればなんであれ正しいと思えば積極的に少数派の方に付いて、屁理屈をこねくり回して劣勢をひっくり返すことに執念を燃やすようになり、人前で、一人でも多くの前で弁論を打つことに更に快感を感じるようになり、5年生、6年生ですべての児童会選挙に出て、卒業まで連続で児童会長を続けた。でもまったくまじめな優等生ではなかった。嫌なガキだったと思う。
※朝礼台のマイクでとんでもないことを口走っては町内会から苦情が来て、校長室に呼び出されて立たされた。

それが自分の元々持っていた本質的な性質だったのか、その多数決のせいだったのかはわからないけれど、何らかの影響があったことは間違いないと自己分析している。今は(自己評価では)落ち着いたと思うけど、結局その自己主張過剰なキャラは家庭を持つくらいの歳まで続いていた気がする。

 

というのが俺が多数決が嫌いになった経緯であり、話を飾っても盛ってもいないただ地味に本当にあった話である。

今でも、多数決はやっぱり嫌いだ。

 

 

(以下余談)

ここまでの話で既にアニメみたいな話なんだけど、実はこの実話には続きがある。同じ出来事がもう1回あったのだ。本当に。

内容は繰り返しになるから細かくは書かなくて良いけど、同じ2年生のちょっと後の夏、同じ出来事がもう一度発生したのだ。

こんな話だ。

ある日、フジワラ先生が(今度こそ)理科の授業で、

「あさがおの花を絞って絵を書きます。お家からあさがおの花を少し取って持ってきてください」

と言い、その授業は予定通り行われたのだけれど、あさがおの花を絞ろうとする段になって一人だけ、友達のヤギ君が

「あれー、全然絞れない、つゆが出ない」

と言っていて、見に行ったらヤギ君が絞っていたのは一人だけあさがおではなくてペチュニアの花だったのだ。これは、2年生の俺でも図鑑無しでわかった。花が好きな母が、朝顔の棚の横でたくさんのペチュニアを育てていたからだ。*1

で、俺が「これはあさがおじゃないよ、ペチュニアだよ!」と言ったら、なぜかフジワラ先生がすっとんできて、これはあさがおだと言った。

そして、今度は揉める間もなくあっさりとこういった。

 

わかりましたみなさん、この花はあさがおかどうか多数決で決めましょう

 

そして、ヤギ君の花は無事あさがおになった。
多数決であさがおと断定されたペチュニアの花は、絞ってもしわしわになるばかりでつゆは取れなかったから、みんなであれーおかしいね、と言ってわけてあげた。うつくしい友情、いい話だ。

創作だろ、作り話だろと思われるかもしれないが、紛れも無く本当の話だ。1984年はそんな年だったのだ。
ヤギ君がいじめられっこで先生が庇おうとしたのならともかく、彼はスポーツ万能などちらかと言えばガキ大将キャラの子どもで、そんな必要はまったくなかったのだけれど。

あの時、フジワラ先生が伝えようとしたことが何だったのか、なぜにそのとんでもなシチュエーションで多数決信者っぷりを発揮することになったのか、本当にペチュニアを知らなかったのか、知っているけどそれよりみんなの平準化された団結が大事だと思ったのか、はたまた俺が本当に厄介な子どもだったのか、今となっては想像して大人的に解釈するしかない。

大人になった今は、全体最適もわかる。協力も、人の気持ちを考える大切さも、わかるとは断言できないけど、少なくとも知ってる。

でも、あの日見た花の名前を僕はやっぱり知ってる。

ペチュニアだ。

 

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あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。 Blu-ray BOX(完全生産限定版)
 

 ※書いてから気づいたんだけど、今ちょうどこの並びであの花の再放送やってるのね。

 

それから最後に。

www.maff.go.jp

 

*1:補足すると、ペチュニア:和名、ツクバネアサガオは「ナス属」、あさがおは「サツマイモ属」の植物で、名前と花の見た目こそあさがおっぽいけどまったくの別物。

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