モノ作りとカルチャーとSNSと立石の話(友人とのメールが面白かったので転載)

同期で、他のコミュニティとはあまり被っていないはぐれ変人の友人が2人いて、
彼らとはたまに3人で会って音楽やら映画やら美術やらの話をしながら酒を飲むんだけど、
久しぶりにやりとりしたメールが面白かったので、適当に抜粋しながらメモ。

一人はマコッチと言うヤツで、先日ライブを見に行った音楽の人(理科大院卒、ハード理系)。もう一人はおがと言い、ずっと本を読んだり演劇を見たり年100回映画館に行ったり旨いものを食ったりしている文化な男(早稲田文学部卒、超文系)。ふたりとも、平凡とか中庸とかザ・日本のサラリーマンド真ん中でnoカルチャーこそがカルチャーだった、日本で一番大きい会社(俺の前職)で浮きまくっているし、どう考えてもふたりともエフジューライダーになっても天変地異でも起きないと結婚できそうにない男たちである。

きっかけは、マコッチが先日のライブの誘いのメールを送ってきたことで、それが数年ぶりの会話だった。
で、ライブの感想や後日談などをメール(メッセンジャーじゃないし、TwitterやFacebookでもない、いまだにメールしかない)でやりとりしていて、最後に彼が書いてきたこんな話。




▼マコッチ:
ちょっとだけ「ぐち」だけど、それにしても、どんなくだらないものでも、
モノを作る側って、それなりに、作品に対する意識が高い気がするけど、
受け取る側の意識がとても、低くなっている気がする(敷居が低くなった
という良い見方もあるけど・・・)。

作品も、「コンテンツ」の1つとか言って、有名だとか、人気があるとか、
ネタだとか、売れるだとか、といった属性のほうばかりに注目して、
作品自体の中身とか意義とか、そういうところをまともに見ることを
しなくなったような。。。これも、SNS の影響か?

それは、うちの9時5時の会社の人だけかなあ・・・




※彼について誤解の無いよう書くとこれはメールの文末にちらっと書いてあったことで、その前はポジティブなことも書いてあってし、愚痴ばっか言ってたわけではない。




▼おが:
>ちょっとだけ「ぐち」だけど、それにしても、どんなくだらないものでも、
>モノを作る側って、それなりに、作品に対する意識が高い気がするけど、
>受け取る側の意識がとても、低くなっている気がする(敷居が低くなった
>という良い見方もあるけど・・・)。

結局それが悪循環となり、邦画が死んでるよね。

2人にベスト10を聞いたのは何故かと言うと
俺は昨年映画館に週2ペースで通ってたんだけど
邦画の新作で見たい作品がほんとなくて、
文化度高い2人はどうかと気になったわけ。

あまりにも国際マーケットで戦える作品が少ない。
音楽のシーンはよく分からないけど、同じなのかな?

是枝とか幾らフジテレビが金出してくれるからと言っても
福山とか使ってないで、リップサービスでも出演したいと
言っている海外俳優を使う心意気がないとダメだと思う。
韓国はそれやってるし。(もちろん国際マーケットで
戦えるものが無条件に質が高いとは言えないけど)

あとやっぱりジャニーズが日本の教養や
文化の敷居を下げ続けているのは無視できないなと。
でもそろそろそのパワーは落ちてる?

それとねー、SNSは嫌いというか存在意義が分からん。

友人の近況や匿名の発信ソースのチェックの
何が面白いか不明。そんなのに時間を費やしてるなら
漱石でも再読した方が余程有意義だと思うわー

>それは、うちの9時5時の会社の人だけかなあ・・・

それは違うんじゃないかな。もちろん何事においても
平均の会社なので総意が出やすいとは思うけどねー
中身を考えてないって、それこそテレビ局の人間とかじゃない?

テレビとSNS批判ってなんか爺臭いね、俺。。。

ということで、神田飲みしましょう。「みますや」行きたい。
来月21日(金)はどう?




▼俺:
> ちょっとだけ「ぐち」だけど、それにしても、どんなくだらないものでも、
> モノを作る側って、それなりに、作品に対する意識が高い気がするけど、
> 受け取る側の意識がとても、低くなっている気がする(敷居が低くなった
> という良い見方もあるけど・・・)。
>
> 作品も、「コンテンツ」の1つとか言って、有名だとか、人気があるとか、
> ネタだとか、売れるだとか、といった属性のほうばかりに注目して、
> 作品自体の中身とか意義とか、そういうところをまともに見ることを
> しなくなったような。。。これも、SNS の影響か?
>
> それは、うちの9時5時の会社の人だけかなあ・・・
いやいや。。ユー何を言ってるんですか。

会社の人どころか、どの業界でも制作側の人間はみんな今社会全体に対してその病気とどう向き合っていくかを
わりと真剣に考えさせられているわけですよ。

SNSもそうだけど、所謂「コンテンツの消費」ってやつですよね。
インターネットでバラ売りされて、フリーミニアムで対価が下がって、
多様化が進んで、ひろーく、あさーくなっていくわけです。

SNSの影響もそうだけど、ケータイ、スマホなんかの影響、もっと言えば情報通信の変化そのものが
それを助長してしまった結果なんじゃないかなあ、と考えています。
結局、極端な例がスマホだと思うんだけど、高い通信料で若者のお財布の中身のシェアを食い、
結果的に固定媒体を駆逐しているわけじゃないですか。
俺なんかはあれ?もしかしてそれって世の中のためになってないんじゃない?って思っちゃったことが
会社を辞める理由のひとつになったりしたわけなんだけど。。

その代わり、ユーザーは手軽にたくさんの試食コーナーでつまみ食いをすることができるし、
その体験を共有することができると。小さなディスプレイの画面で、瞬発的に大量の情報から必要なものを
選ぼうとすると、表面的なランキングだとか炎上ネタとかにアクセスが集中するでしょう?

どんなものがヒットしているかをまとめて情報共有することを生業とする人たちがたくさん現れて、
それをかっこ良くソーシャル・マーケティングだのキュレーションだのと言うのだけれど、
結局、いくらキャベツを紹介したって畑を耕す人がいなきゃ土地は痩せるんですよね。

思い切り脱線して仕事の話になっちゃうんですが、
例えば、北海道まで行ってものすごいコストを掛けて最高のじゃがいもを作っている生産者の取材をしてきて、
ものすごい制作費を掛けて最高にカッチョイイ特集ページを作ったとするでしょ?
で、それを思い切りパワーを込めて「良い仕事をしています、だからずっとXX農園のじゃがいもを買い続けてください」
ってやったとして、その反応が2005年と2014年でまったく違ってるんだよ。

10年前、うちらは必死こいてローカルコミュニティだのCRMだの囲い込みだのってやってたんだけど、
今、中学生だろうがおばあちゃんだろうが、手元にアイツがあったら、もうそんなのほとんど意味ない。そう、iPhoneならね。
知識はとんでもなくフラットに展開されるし、各人がその時その場で必要な情報だけを拾っていく。
日用品はイオンで買えばいいし、野菜は近所の八百屋で、惣菜はセブンで買えば良くて、思いものはAmazonでいいですと。
もうね、「こういう暮らしが好きな層」とか「都心の30代女性」とか、そういうセグメントとかもうあんまし意味ないよね。
広く、浅く、その都度売れ筋のものを買っていけば良い、ってみんながなっていくと、
一つのジャンルにどっぷり浸かっていく一般層の人ってあまりいなくなっちゃうんですよ。いや、マジで。
点で繋がっていた接点って希薄になって、たくさんのつまみ食いニーズを「面」でさらっていくようなやり方をしないと
成り立たなくなってきた。まじ厳しいです。

んで、そんな流通業のつまらん話を音楽カルチャーと一緒にすんなよ、って怒られるかもしれんのだけれど、
わりと、共通するところがあるなーと思うわけです。
若者はスマホでカルチャーの上澄みをさらい、点で接することを避ける。
点で深めていく文化に興味やお金が落ちないと、いずれ土地が痩せる。まじこれ。

その状況を打開するためには、メディアなんて関係無いくらいにまでブランド力を高めるか、
サカナクションみたいに紅白歌合戦に釣り針を投げ込むか、好きなことをニッチにやっていくか、
どれかなんですかね。




▼おが:
つっしぃの今の自分の仕事とリンクさせて語る姿勢が
素晴らしいなーと思ったよ。いやマジで。

おっしゃるとおり金を落とす先を考えないと
畑は痩せ細るだけだよね。

ただカルチャー全般において
日本の畑だけが顕著に痩せ細っている気がするのは
気のせいかな?

あ、そしてサカナクションは紅白でチラ見して
俺もYOUTUBEでそのクオリティが気になってたところ。
メディアも使いようだとは思います。




▼俺:
> つっしぃの今の自分の仕事とリンクさせて語る姿勢が
> 素晴らしいなーと思ったよ。いやマジで。

いや、まじめな話、クリエイティビティや教養があれば、自由な時間に好きなことをやるっていう選択肢があると思うんだけどね。俺にはそういう自分の軸っぽいものを仕事を通じてじゃないと得られない気がしてたから、仕事を通じてじゃないと語るっていうか表現ができないんだよ。
どうかと思うよ、仕事が楽しくなくなると行き詰まってしまう。

> ただカルチャー全般において
> 日本の畑だけが顕著に痩せ細っている気がするのは
> 気のせいかな?

気のせいじゃないと思うよ、今の日本の、特に若年層のカルチャーって
かなり特異だと思う。突飛なことを深堀りする余裕が無いし、
そもそも人数的にも金銭的にもパイが少ないし、
2007年あたりではもう今の空気感ってでき上がってたと思う。

(中略)
> それとねー、SNSは嫌いというか存在意義が分からん。
>
> 友人の近況や匿名の発信ソースのチェックの
> 何が面白いか不明。そんなのに時間を費やしてるなら
> 漱石でも再読した方が余程有意義だと思うわー
それを言うとそもそも元々ソーシャルメディア的なものがやりたく
社会人になった俺の人生完全否定なわけだがw

っていうのは冗談として、まあ、おがの感覚は全然正しいね。
だいたい、仕事上もインターネットにどっぷりな俺が「mixiとFacebook嫌い」
っていう理由だって、おがが言うことと被るしね。

そもそも、「友人の近況や匿名の発信ソースのチェック」を行うツールだって
言うことになっていたり、当のネット系企業がそういう使い道をけしかける事自体が
ナンセンスと自滅に向かってまっしぐらなんだよ。

道具が紙だろうがネットだろうが、日記だってスケッチブックだって、昔っから
個人の作品なんて、個人の自由であってごくパーソナルで勝手なものだったわけで、
そこに承認を強要するのは無理があるわけですよ。

だから、書きたい人は書きたいことを書けば良いし、
それと同列の選択肢として、そんなことには関わらないで漱石を読む、っていう
選択肢が自然に共存していること自体が逆にメディアとして市民権を得たっていうことだと
解釈してるけどね。
「自分からお隣さんの庭を覗きに行って、『いいね!』って言わなきゃいけない」
なんていうのはカルチャーとして無理だよ。前提からして歪んでる。
だから、そういうのを押し付ける人は、まず根本的に間違ってるんです。

それでも、誰かが書いたものを能動的に読みたいんだ、っていう人は、
どちらかと言うときちんとした文学を読みたいっていうよりは、
本当にゴミみたいな人のカオスな本音を眺めたい、っていう
どうしようもない欲求とかのほうがフィットすると思うけどね。

ほんの私見だけど、俺が思うに今のSNSの有意義なあり方ってのは、
あくまでも「Message in a bottle」なんじゃないかって思うんですよ。
Sending out an SOS なわけですよ。
誰が拾うかなんてわからないけど、俺は本当はこういう人間で、ここにいますよーってのを
海に向かって投げていますと。
わざわざそれを意図的に見に行く人なんかはいないんだけど、
無意識に海辺にいると、そこにはたくさんのボトルがぷかぷか流れていて、
たまーにふっ、と、文章のごく一部分が自分に刺さることがありました、
っていう、そういう感覚なんじゃないかと。

距離とか場所とか年齢とかを超えて、そういう瞬発的な共感が新しい場所を生むことが、
本来のSNSの本質であって、面白いところだと思うんだけどね。

たまたま俺は以前これ系の話にどっぷりだったことがあって、
細々とメルマガを書いたりしてた時期があったので、つい語ってしまいました。
が、漱石でも読んだほうが良いっていう判断も正解ですな。

それでも、何だかんだ言っても俺はソーシャルメディアは好きだし、
今なおまだこれから文化製造、拡散装置として進化する可能性は残ってると思うよ。
例の紅白なんかもマスに釣り針を突っ込んで、Twitterで盛り上がらせるみたいな
作りになってたし、当面流行は続くんじゃないかと。
> テレビとSNS批判ってなんか爺臭いね、俺。。。
>
> ということで、神田飲みしましょう。「みますや」行きたい。
> 来月21日(金)はどう?
いやいや大丈夫、君が爺臭いのは今に始まったことじゃないでしょう。
年齢関係ないから気にしなくてOK。

じゃあ、みますやで。




▼おが:
みますや予約します。遅めスタートがいいのかな?

>俺はそういう自分の軸っぽいものを仕事を通じて
>じゃないと得られない気がしてたから、

それはすごく真摯な向き合い方だと思う。
仕事っていろんな側面があるから、なかなかその選択はできないもの。

SNSは深く語れないけど、とにかく「いいね!」はないよね。
そんな単純な思考回路にはならないはずだし、
そういう肯定の表現もどうかと思う。

ねー、全然話は変わるけど「立石」ってやばくない?

週末に自然派ワイン目当てに「二毛作」に行ったんだけど
そこも美味かったし、そこで紹介されて行った「蘭州」の
餃子が素晴らしすぎて、思わず翌日も訪問した。

東京の西側にあるこじゃれただけの店なんてもう行けない。
価値観が変わったわー




▼マコッチ:
音楽とか映画とか、コンテンツってよばれるようになって、
そのモノ自体の価値より、よりコンテキスト(文脈)重視になってきたよねー。

私も、そこまで、全体的評価眼があるわけじゃないし、
現代美術みたいに、コンテキストで成り立っている文化も好きなんだけど、
最後は、自分の価値観で、
「いいね、だけど、これはこうでも良いのでは?」って言いたいんだよね。

でも、SNSは、「いいね」しか無くて・・・
SNSは、コンテンツというより、コミュニケーションのツールなんで、
中身のよしあしは、不要なんだろうけど。

あと、「いいね」の理由が、円滑な人間関係のためだったり、
そうじゃなくても「私がそう感じるんだから、それが理由!」
なんていう思考停止状態な人も多くて・・・、




 
俺ばっかり喋っているように見えるけど、これはそういうふうに編集しているからで、実際はもっと雑多な話をしているのを(ryして抜粋して書いてる。

ちなみに俺は立石なら「串揚げ100円ショップ」が好き。最高。

 

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