【超自分語り注意】私はなぜインターネット大好きの道に進みmixiが嫌いになったのか

このブログは基本的には今日の写真ブログ的に趣味やその日あった楽しいことを書く場所として使う方針にしていて、仕事やIT関連ネタや人生方面な話は別のところでやるという使い分けにしているのだけれども、先にソーシャルに関する記事を書いて、読み返してみると記事の前提になっているインターネット観みたいなものが無くて「なぜお前はそうなんだ」というところがわからないので、そのへんのことを一度書き残しておこうと思う。

そもそも、かつてのWEB2.0なブログブームのときのように、「ブログには専門分野を集結させてブランドを高めたほうがいいんですよー」みたいな話は、そういう時代が一回りして、また普通の日記としてのブログを書けばいいやっていうところに回帰している現在の気分ではまったく関係がないし、アクセスを稼いで今からサードブロガーなるものになるつもりもないので、そのへんの前置きはまあいいや。
同じく、この記事では話の根拠データとかソースとかそのへんはバッサリ省きます。

前の記事で「mixiが嫌い」と書いたのだけれど、これは落ちネタとして切込隊長のマネをしているわけでもなんでもなくて、純粋にネットワーク屋の道に入ってから社会人になり計15年を過ごして来た自分にとっての、個人的な「インターネットの価値観」と合わないからだ。
これはソーシャルネットワークサービスが嫌い、と言っているのではなくて、「mixi的な」サービスが嫌い、ということになる。
ちなみにどうでもいいけど、「自分、ネットワーク系ビジネスマンですー」とかゆるくてチャラい調子で話したり調べたりすると、全く違うネットワーク系しかヒットしなかったり与沢翼がヒットしたりするのがネットワークの罠だきをつけろ。

んで、この話をすると、mixiが登場した2004年よりもさらに前のWindows95とYahooが登場して第1次インターネットブームが起こった頃に、いやさらに言うとそのもっと前の90年代前半の10代の自分にまで遡ることになる。つまり、俺はなぜインターネット関連の道に進むことになったのか、という元々のきっかけや半生が影響している。自分語りするとさいあくで長くなってキモくなって結局記事を消してしまって無駄なので、この辺もさらっと端折るけど、でも書く。便所の落書きみたいに。

まず、俺がインターネット関連の仕事に就くことになる根本的な理由はコンテンツだった。今の一般向けインターネット初期に流行った「マルチメディア」ってやつを目指した。さらにその理由を思い返すと、中二病を極限まで拗らせたクリエイティブな自己表現に対するコンプレックスだった。

ここからは前置きになるだけで本題とはほぼ関係が無い自分の思い出話で飛ばしても全然構わない。いや飛ばしてくださいたのみます。

▼ココカラ




俺はたしか、たぶん子供の頃はそこそこ優秀で、でも反抗的で困ったガキだった。その頃よくある子供の勘違いであるように、自分は天才だと思っていたが、後から考えるとどちらかと言うと努力家タイプだったみたいだ。

兄や親戚はみな職人っていうかアーチスト気質な人が多くて、絵が上手かったり、工作が得意だったりした。元々自己主張のやたら強いガキだったせいもあって、アーチスト的な、クリエイティブ的なものに強く憧れ、中学に入ると中二病を最大級に拗らせて郊外の街の平凡な毎日に不満を持ち、洋楽を聴いてみたり、デザインを齧ってみたり、コーヒーを飲んでみたりしたけれど、だけど問題は自己表現欲求と承認欲求に対して、自分が何かを創り出すことはできなかったことだ。

つまるところ、自分は絵が描けないし、何かを制作して同じ趣味を持つ人と価値を共有するということもできなかった。
今になって考えてみれば、そんなのグダグダ言う前になんかやってみろよとか、音楽好きなら楽器でも始めてみろよとか考えればいいことなんだけど、まあ、ダメだった。

高校生くらいのことはあまり良く覚えていなくて、引き続き絶賛中二病だったので、やはり10代が大抵そうであるように「自分は何をやりたいのか」とか、「何かを創り出せる人間になりたい」とか、そんなことを考えてた。普通じゃなくアホだったのは、それを悪化させまくって高校生に必要なほとんどのことを投げ捨ててしまったことだ。
「何をしたいのかわからないけどまず頑張って大学に行く」とか「みんなと同じ流行を楽しむとか」そういう正しいことが納得いかなすぎて、思いっきりドロップアウトした。勉強はできたはずだし、運動もそこそこできたはずだけど、授業にはロクに出なくなり、グレて、さらには引き篭もりになり、平凡な都立高校で卒業証書をもらったのは卒業式のだいぶ後のことで、評定平均は1.6だった。

そんなことはどうでも良かった。閑話休題。
その時の自分は全然クリエイティブじゃなかった。自信もなくなった。この世界はオープンではなかったし、知らない世界とつながる方法も無かった。不貞腐れてばかりの10代を過ごした俺は大学を受けもせず、納得いかないばかりのままフリーターという名のひきこもりニートになった。

そんな状況から脱したのは、高校を卒業して2年目の終わりの頃だった。
なんとなく興味を持って通りがかったパソコン屋で、Photoshopっていうソフトがあることを知った。何やら「マルチメディア生活」的なデモをやっていて、たしかPhotoshop3.0だったと思うけど、空にある電線が魔法のように消えていくのを見た。どうやら、写真や画像を加工して、それをインターネットで好きな人に見せたりできるらしい。

すごすぎる。夢を見た。平凡な流行に乗せられる感性で、これだ、と思った。

絵が描けなくても、誰かが描いた絵や誰かが撮ったを集めて、弄って、「これが好きだ」と見せる事ができる。どこかにきっといる、同じアンテナを持った人がそれに共感することができる。これで、俺も生きていける、そんな気がした。
二十歳になる前のWindows95の頃の話で、もちろんその頃は10数年後にソーシャルとか、キュレーションとか、そんな言葉が蔓延することになることなんて知らなかったけど、つまりは自分はそういう存在になればいいと思った。
その後、MMXペンティアムのFMVを買って、専門学校の入学金を払って、マルチメディア的なものを勉強することにした。親はがっかりしたみたいだったけれど、楽しかったし、オタクだったし、ちゃんと勉強してぶっちぎりの成績でその専門学校を卒業し、巨大な通信会社に入った。趣味として好きな制作系じゃないことで迷ったけれど、自分は絵を描くことじゃなくて、コミュニケーションをつなぐことを目指した方が良いと考えた。”マルチメディアブーム”だったから、これからは通信会社もコンテンツの時代です!と言っていたのだ。

結局、コンテンツの時代になっても巨大な通信会社がコンテンツの人達になるわけではなくて、土管は土管であるべきということがわかったので10数年後転職することになるのだけれど、その時の選択はとても良かったと思っている。今でも前の会社は好きだ。




▲どうでもい前段ココマデ

いろいろあって、自分にとっての、自分が夢を見た「インターネットのコミュニケーション」というのは、次のような事項がベースになっている。
  • オープンである
  • パーソナルである
  • インタラクティブである
  • リアルタイムである
  • 平等である
  • 自由である
  • 以上のことから、内輪話やお役所主義やムラ社会とはかけ離れた存在である
たぶん、当時喧伝されていたインターネットの世界観と相違無い考え方だと思う。

でも、当時はその特性を活かすにはhtmlを書かなくてはならなかったし、FTPでアップロードしなければならなかったし、掲示板を立てて書き込むあたりがせいぜい最新だったから、つまりはハードルが高くてそんな簡単には世界は動かなかった。

時は流れて2000年代に入り、もはやGoogleだって当たり前に使うようになってから最も衝撃を受けたのは「MovableType」というアプリ、というかCGIの固まりだった。今でも、俺はMTは世界を変えたと思ってる。このブログはWordPressだけどさ。

まだ「ブログ」っていう言葉も無かったころ、たしか2002年の終わりか2003年の頭ころに、初めてMTのことを知った。Ver2.6の初版あったりだったと思う。
サーバを立てるのは面倒臭いけど、インストールさえしてしまえば、なんと今まで目の前にあった「ハードル」をすべて飛び越えることができる!htmlを書かなくても毎日更新できるし、発信ができる。コメントもできる。トラックバックってなんだ。
なにか、その存在を知っただけで、何のアイデアも無かったのにこれで自分も何かを始めて自分の世界を本当の世界に対してオープンできるような気がしてゾクゾクした。俺も何者かになれる!海賊王に俺はなる!と思った。
それから、WEB2.0がやってくるまで大して時間はかからなかった。2004~05年はインターネットが一番面白かった年だ。世界はオープンで、パーソナルで、インタラクティブで、自由だった。

と、ここまで長く長く書いて、ようやくタイトル(と、前回の記事)の前提にまで辿り着く。もっと要点をバシッと書けるようになりたい。1/10くらいに。

mixi(当時はMIXI)とGREEが登場して、あっという間に普及したのはその直後だった。SNSっていう言葉を使われだしたのはその頃だと思うけど、まあ便利なツールではあった。オールインワンで簡単ポンのパッケージ。目に見える友達を作って、日記を書いて、写真を共有して、うふふキャッキャしましょう、と。

よくできてるなー、当然こういうのは出てくるよなー、とは思った。
その時はちょうど出向でWEBの仕事をしている真っ最中だったから、興味を持って、まあ、招待制?ってところでいきなり俺の大嫌いな内輪話感を感じてウッとなったけど、なんとか招待してもらって、ひと通りまじめに調査した。

がっかりした。それも思いっきり。
はじめてインターネットの世界に触れて以来、前代未聞なくらいがっかりした。
つまり、これは「退化」だと思った。ここまで、オープンで自由に進化してきたインターネットにとっての、退化なんじゃないかと思った。

もちろん喜んで使う人がたくさんいるんだから流行ったけど、そこは俺が信じて夢見たインターネットではなかった。
よく出来た「コミュニティ」もあった。見知らぬ同じ趣味を持つ人と好きな話をしましょう、という触れ込みだった。
でも、違かった。そうじゃないんだ。

俺が人生の道にしようと思った「インターネット」っていうのは、「はい、『コミュニティ』の箱を用意しましたのでどうぞ仲良しで集ってください」というものじゃないんだ。逆なのだ。個人が先で、結果としてコミュニティができる形であって欲しいのだ。
言ってみれば、自分が大好きなインターネットにアプローチするためのツールというのは一本のナイフのようなものであって欲しくて、何ができるかわからないけれど大海原に乗り出してそれで狩りもするし食事もするし家も建てるんだ、そうして気付いたら同じことをやっている奴らが集まっていた。
ってなものであって欲しかった。誰かが場所を用意するんじゃなくて、自分が好きな話をしていたら、自分の個性の一粒一粒が、同じような粒を持っている人の何かの粒と結びついて、気付いたら新しい世界ができているような、そういう「可能性」を持ったものであって欲しかった。

そのとき感じたガッカリ感はやっぱり的中して、かつて「何をして良いかわからないけどとりあえず慣れ合う」ということができなかった俺には、mixiは合わなかった。とてつもなくクローズで閉鎖的で(ていうか、mixi自身が「クローズ」を売り文句として成長したからね)安全だけどつまらないものに感じた。
結局、仕事と調査のためにアカウントはあるけど、mixiで書き込みをしたことは今日に至るまで一回も無い。

そしてやはり、mixiは「村社会」になった。リアル世界とのしがらみができ、村を管理するためのルールができ、足の引っ張り合いが起こるのを見つつ、そういうローカルなコミュニティであることによって安心する、村民であることを喜ぶ層がインターネットのレイトマジョリティとしてやってきたことに、世界の発展ってこういうものかねと思いつつ、残念に思った。

※なお、mixiを憎んでいるのには他にももっとドロドロした話もあるんだけど、それはここでは別の話。



っていうことなんです。

もっとも、これはあくまでもいわゆる「非コミュ自己承認欲求」方向で自分が吸収消化してきたインターネットのカオスな夢に対して、
メジャーな「リア充方面」の選択肢が出てきたことに自分の直感がフィットしなかっただけのことであって、世界が成熟すればそういう選択肢が増えることは当然のことだし、逆にそうでなければ不自然なんだってことはもちろんわかってた。もう大人だったから。
でも、既に大人として社会人としてインターネット屋として、オープンなブログでコミュニケーションしたり、情報を拡散させたりってことに仕事上も躍起になっていた俺にとって、あまり魅力的に映らなかったっていう、ただそれだけのことではあるんだけどね。

人それぞれのハナシでしかないけれども、俺にとってのインターネットはオープンで、パーソナルで、自由であって欲しい。

そう思っていた自分にようやくブログを知ったときと同じような興奮を思い出すのは、2007年にTwitterを知るまでかかった。
それから記憶に新しいソーシャル大ブームがやってくるまで2年あって、スマホが出来て、2009~10年のTwitterブーム、Tumblr、Foursquare、Instagram、Pinterest、Google+と来て現在に至ると。

なおFacebookが同じように苦手な理由についてだけれど、まあ、mixiと似たようなことに加え、つまらない現実がそのままそこにあるからっていうこと。つまらんえらいひとが全然あなたはその話違うだろう、っていうところに食いついて誰もが当たり障りない話しかできない状態までウォールをぶっ壊していったりとかね。
mixiより実名実社会よりに振り切ってるから、まあまあmixiに比べればリアル社会の縮図として社会人として割り切ってやっていけるっていうだけ。オープン性とリアルタイム性は担保されているし、メッセンジャーやグループ、便利だしね。

日本ではFacebookはTwitterの後にキタので、2010年当時、これからはFacebookだ、とか言い出すおっさんがいたりしたんだけど、俺はどう考えてもFacebookはTwitter世代より一昔前の思想の「箱」だと思ってる。つーか、実際に世代的にだいぶ前のものだし。MySpaceと同世代、ブログブーム時代のサービスなんだよね。それはまた別の意味ですごいことだと思うけど。



SNS乱発ブームも飽和しきって落ち着いて、さあこれからどうしようかねっていうところで、俺はこれらを使って何を仕掛けられるか考える側の立場でもあるので、そのへんは過去の思い出話や武勇伝に浸って酒飲んで与太話しているだけじゃだめで、それは別の場所でやっていきます。たぶん。

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