嘆きのピエタ

先日のこと、映画の配給会社さんをソーシャルメディアでお手伝いされている(だったかな?)お友達の招待で、鬼才キム・ギドク監督の「嘆きのピエタ」の試写会に行ってきた。

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人間の愛や母性、世界の悪と贖罪。とてもストレートだけど複雑で、鮮烈だけどずっしりと重くて、この記事を書き出すのにも数日掛かってしまった。昨年のベネチアで金獅子賞を取った作品だ。日本では、今週末の15日から公開される。

タイトルのピエタとは、ミケランジェロの、十字架から降ろされたキリストをマリア様が抱く像のことだそうだ。この映画には一貫して十字架と、慈愛が描かれている。

以下、ネタバレしない程度に。

主人公のガンドは、親も家族も無く育った30歳の男で、愛情も知らず、感情も無く、極悪な借金取りをして生計を立てている。ガンドは債権者の手を潰し、ビルから突き落とし、足を折り、保険代を回収するという無慈悲な仕事を淡々とこなし、表情も感情も無く日々を過ごしている。
そこに、突然母親を名乗る奇妙な女性が現れる。ガンドは彼女を怪しみ突き放すが、執拗に諦めずガンドに干渉し続ける彼女に徐々に態度を軟化させ、母親を受け入れ、子供のような笑顔と人間の心を取り戻していくのだが・・・しかし・・・

というお話。

全編を通じて、非常に雑然として荒削りながら、淡々としたカットと色合いで描かれる退廃的な工場街の風景が美しい。淡い曇り空の色合いの中に赤い洋服や血が差し込まれる独特な色使いは、ゴダールとかカラックスみたいなフランス映画から続いているものかもしれない。
描かれる世界には暴力が溢れ、金に翻弄される社会の闇と、愚かさと、そんな世界の中で生々しく存在を主張する普遍的な人間の愛情と、母の姿がそこに映しだされている。

たぶん韓国が現実として抱えている格差の問題が映し出されていたり、目を背けるような暴力がはこびっていたり、この映画は同種の韓国映画がそういうものであるように、体も、胸もとても、痛い。痛くて、痛くて、痛くて、でもからっからで何も感じることもない乾ききった男の中に、愛や、母性や、罪や、復讐が洪水のように流れこんでいく。
そして、人間の感情の洪水に巻き込まれながら、衝撃的なラストを迎える。

ガツンと衝撃的な映画なのでふらっと気軽におすすめ!とはなかなか言いづらいけれど、観る価値のある映画だと思う。
映画の世界観としてはキム・ギドク監督の過去作と一貫して通じるところもあるし、感情を知らない借金取りが人に触れて変わっていくというテーマ、構造は、同じく韓国のヤン・イクチュン監督の2008年作「息もできない」を思い出すかもしれない。

ちなみにここに書いているのは率直な感想だから、正直にちょっとだけ好みじゃなかった点も書くと、少し演出過多じゃないかなあ、と思ったところはある。言ってしまえば、ちょっとあざとい感じは受ける。これでもかというほど繰り出される暗示的なモチーフや、わかりすく親切に過ぎる言葉。淡々とした中で表現される世界は、もう少しさり気なくてもいいんじゃないかな、って思ったけど、韓国ドラマがそうである(と聞く)ように、このわかりやすさや直接的な表現は一つのカルチャーなのかなあ、などと感じた。とは言え、ガンドの子供っぽさ、表情の変化の激しさ、シンプルで鮮烈なメッセージはこの映画のインパクトを大きく決定づけているから、きっとこれでいいのだろう。



暴力だらけの世界の中で人間は罪と十字架を背負い、罰せられるが、どんな者にでも贖罪と救いが訪れる。ガンドは救われたのか、それはわからないけれど、ここには確かに人間の死と再生があるのだろうと思った。

母親を名乗る女性が最後に叫んだ、「ガンドもかわいそう」という言葉が頭の片隅に強く焼き付いて離れない。

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試写会イベントの会場は、渋谷にあるシーサーさんの食堂兼大広間?
とてもお洒落なオフィスでございました。



「嘆きのピエタ」はBunkamuraル・シネマほかで、15日より公開。

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