路線図と歴史

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 神田須田町の交差点、いい感じに色あせた都営新宿線のぼろい看板が掛かっている。結構な年季が入っているけどずっとこのまま。


この看板を見てて、いつも面白いなと思っていたことがある。
うちの近所の都営新宿線に記載された駅のセレクトが2016年現在の感覚で言うとかなり変だ。
岩本町、馬喰横山まではわかる。問題は浜町の先で、菊川、西大島、東大島と続く。今基準で考えれば、たぶんこういう選び方はしないし、むしろ急行停車駅でも乗換駅でもないマイナー駅ばかりチョイスされていてなんかおかしい。

まあ、おかしいっつっても単に古くて路線が色々変化したからだってことはすぐわかるから不思議でもなんでもないんだけど、記載される駅の選択を見るとこの当時の状況が見えてきてちょっと楽しい。


看板の古さから見るに、もう30年くらいは経っているんじゃないだろうか?
今だったら、たぶん選ばれる駅は急行の止まる森下、大島じゃないかなって思う(わりと最近半蔵門線が通った住吉が無いのはともかくとして)。
森下が主要駅になったのは大江戸線開通の時だから、まだ15年ちょっとだ。菊川、西大島を選んだのは元々大通り沿いだからだろうと思う。東大島が載っているのはたぶんだけど元々東大島が終点だった時期があり、バスロータリーもあるからじゃないかと想像するけど、地元民じゃないので詳しい事情はあまりよくわからない。
※大島の車庫近辺が今の姿になったのは大島小松川公園ができた2000年以降だけど、車庫自体は開業当初から今の場所にあったはずだから、それはあまり関係が無さそう。


ここで反対側に目を向けてみると、一箇所気づいたところがある。相模原線の終点が南大沢だ。
確か、南大沢ができたのは自分が小学生の時で、橋本まで開通したのがその2年後、中学生の時だったと記憶している。年に当てはめてみると、この看板が描かれたのは1989年頃っていうことだ。27年前か、大体予想と当たっていた。


という、あまり役に立たない考察をしてしまったんだけど、古い地下鉄の路線図を見ると東京の街の変遷に思いを馳せることができて面白いなあ、なんてことを思いました。

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