私がブログで読みたい自転車の話

こちらのエントリを読んだ。


会社のデスクで読むんじゃなかった。迂闊にも涙出そうになった。つーか、泣いた。
って言っても、この記事を読んで泣いたアラフォーのおっさんはインターネット広しと言えどもしかしたら俺くらいかもしれないが、正直39歳になった今さら人様の個人ブログで歴代ブログ記事心のベストテン第1位を更新しそうな記事に出会えるとは思わなかった。

このブログを書いている山下泰平さんは初期からはてなダイアリーを見ていた人なら誰でも知っている、朝日コムにくっそ長いコラムが載るような書き手なのでただのひとっていうことはないと思うけど、とはいえ、突然現れた見知らぬおっさんがカラースターをぶんぶん投げながら記事を読んで泣いていたらさすがに相当きもいと思うので、なぜ俺がこの2万字あるシブい趣味ブログにそこまで感動したのか書かせていただきたい。

「好きにすればいい」趣味である自転車の良さ


俺は子供の頃から自転車が好きで、小学生時代に初めて趣味としての自転車と付き合うようになってからもうすぐ30年が経とうとしている。今でも毎日自転車に乗るし、当然自転車の話がしたい。むしろ自転車のことを話したくて仕方がないのだが、これがなかなか難しい。
自分自身も度々書いているんだけど、わりと世間の「自転車が趣味」という文脈にはテンプレートっぽい何かがあって、その何かに合わせようとするとなんか息苦しかったりして、結局何も話せなくなってしまったりするのだ。
趣味や大事なものというのは人それぞれ多様で、例えば俺にとっての自転車というのは長年にわたる身近な手足であり、自由な時間のための羽根のような道具だと思っているのだけれども、俺はレースやイベントには滅多に出ないし、ゆるポタオフ会で社交を高めたりもほとんどしないし、自転車専用アカを作って毎週ツーレポを積み上げるような活動もしていない。カーボンのロードも持っていないし、こだわりのオーダーフレームも持っていないし、たまに自転車の話をすると「最低でも105から」なんて意識高いロード乗りにウンチクを頂戴したりする。すんません。
でも、かと言ってただコタツで自転車妄想をして過ごしているというわけでもなく毎日自転車には乗っているし、月に数日は自転車をいじってメンテして過ごす。それは自分に取って美味しい空気を吸うような時間で、ペダルを漕いだら進むとか、風が吹いたら気持ちいいとか、ブレーキシューが新品になったら嬉しいとか、狂ってたディレーラーの調整がバシっと決まったら楽しいとか、そうやって幸せを感じて過ごしているのである。
ちなみに蛇足だけど、イベントやロングライドをまったくやらない時でも月に500~600kmくらいは走るので、普通の平均的自転車乗りくらいは乗ってるだろうとは思う。あと、良い自転車ライフはまず良い自転車屋さんから、という意見に同意だし俺もこれから始める人にはそう勧めているし、当たり前のこととして良いものを買ったほうが良いとも勧めてもいるけれど、当の俺自身は子供の頃から少ないお小遣いでぼろい自転車をジャンクと自力でどうにかするライフを生きてきたので、通常自転車屋さんに行くのはそれなりの精度でヘッドパーツの圧入が必要な時と、どうしてもホイールが決まんないときくらいしかない。

で、要するにそんなことはこうでなきゃいけないということはなくて、好きなことを好きなように好きにすれば良いのだ。自転車趣味の王道はこうだなんていうことはないのだ。逆に、自分でいじれなきゃホンモノじゃないとか、そんなことも言いたくない。職人の下積み大事みたいなことだって気にしなくたっていい。その人その人にスタイルがあっていい。

ここ数年の第何次かの自転車ブームとインターネットの発展により、たくさんの情報とともに趣味の「正解」が得られるようになった。通販で変な自転車を掴まされたりするリスクが大きくなった反面、「こうしたほうがいいですよ」というモデルケースがわかりやすくなったことは素晴らしいことだと思う。ただでさえハードルが低い趣味だけど、誰でも簡単に高級ロードで武装してすごいひとになったような気分になることもできる。それはそれでいい。
ただ、上に書いたとおり俺みたいになるべく小さな幸せとなるべく小さな不幸せをなるべくいっぱい集めたい人間にとっては、「X万円以上の自転車を買うべき」「ロードは20万円から」「レースに出よう」等々てんこ盛りで言われるとなんか自分の体験や感覚と違うのである。

良い物はもちろん良い。速い人はもちろんすごい。モノづくりにも、トレーニングにもこだわりや物語のあることは言うまでも無く素晴らしい。良いお店に行けば感動する。良いレースを見れば興奮する。俺だってそう思っているし、そのことに同意できないわけはない。もし誰かが、誰が見ても素晴らしい自転車や誰が聞いてもすごい走りについて語っていたとして、俺はそのことに水を差すようなことは絶対にしたくないし、一緒に盛り上がって楽しみたい。だいたい、自分だってそういう話は好きなのだ。

ただそれはそれでいいんだけど、少なくとも俺にとっては、手元にあるぼろい自転車を少しずつ使いやすくするように手を入れていくとか、調整したらちょっと乗りやすくなったとか、そういうプラモデル感、カスタマイズ感がとても楽しい。強度とかレベルの問題ではなく、日々の生活の中で自転車がより大切なものになっていくプロセスを感じるのが好きだ。
絶対的な、あるいは相対的な評価としてそのモノが凄いものなのかどうかよりも、その人個人にとって、自分の自転車を愛せるか、自転車と過ごす自分の時間が大切なものか、そっちのほうがずっと大事だと思う。そこまでシンプルに、個人的な領域に落とし込まれた愛情を感じたときに、「自転車が好きだ」という思いを感じて胸が熱くなるのです。
これは自転車に限らず山道具でも釣り道具でも同じだと思うんだけど、決して完璧ではない自分の手元にあるものを改良して自分だけのものにしていく課程や、それを活用して生活が便利になったり楽しみが増えていったりする課程がいい。monoマガジンやbegin的に新しいモノを要チェキしてゲットして買い物自体を楽しむのも良いし否定はしないのだが、札束でぶん殴るゲームは俺が話したい趣味の話、読みたい趣味のブログとは違うのだ。個人の感想です、ですが。

上記の山下さんのブログは、そのへんの感覚とか、俺が長年付き合ってきた自転車との体験とかと合致するものがこれでもかと凝縮されていて、出てくるパーツから状況まで一字一句まで頷きまくってヘドバン状態になってしまったため非の打ち所が無かった。世の中には自転車ブログがたくさんあって、初心者から上級者まで、メンテレストア趣味から走り趣味まで、ソロからグループまでいろんな記事があるけれど、こういう素朴で直球な記事はなかなか無い。思っていたことや言いたかったことがこれでもかとナイスな文章力で書かれていて最高すぎて感動した。本気でこんな文章を書けるようになりたい。
なので内容については俺のこんな文章より上記のブログを読んでください。
いちおう、俺も最近関連のことについて書いた記事がいくつかあるので置いときます。

5-56の法則


おれの愛車DAHON号とB級カスタム趣味のこと。

ビテス君





※しかし、いろいろ書いたけど個人的にツボったところがたくさんあって、一つ一つの行動とか、買ったものとかがあまりにも被りすぎていてびびったんですよ(知ったことかって話だとは思うけど)。購入候補の自転車(ウチにあるのと同じ)とか、DAHONのパーツ(被りまくり)とか、サーファスのフロアポンプとか偽808のライトとか。価格のディープさんネタとかかなりツボです。
DAHON乗りの沼へ行く過程をたくさん見てきてたせいもあって、一つ一つがあるあるネタでめっちゃアガったのだけれど、こんなに濃密に理路整然と上手な文章で書かれたものを見たことがない。書いてくれて勝手に感謝したくなってしまった。

自転車趣味の面白さはレベル感とは関係ない


先日5-56の例えで書いたんだけど、自転車ブログはレベルが高度になっていくほど面白い、というものではなくて、例えばレースで強いとか、毎週ブルベに出ているとかが必ず面白いわけではないし、レストアの技術が凄ければ、あるいはイベントが大盛況ならば、っていうものでもないと思っている。だから、誰かが誰かに趣味としての自転車を勧める機会があったとして、素晴らしいモノやすごい出来事の話を熱心に語ることで逆にハードルが上がってしまうような場面を見ることはちょっと悲しい。これは、自転車に限った話ではないとも思うけれど。
もちろん、プロ級の内容についてはそういう資料的価値やエンターテイメント的価値があるとは思うけれど、俺はシフトケーブルをネジ半分引いたら調子が良くなった!という体験と発見から伝わってくるワクワク感や、その書き手のところにしかない我流カスタムの妙や、その人だけの自転車生活から伝わってくる楽しさを読んだり、そういう話をしたかったんだと思う。
最近のアレなブロガー会界隈のブログが書く自転車グッズオススメ記事とかはガッカリするので見ていない。
あと、自転車好きが集まるコミュニティに参加すれば自転車の話がたくさんできるし、それはそれでもちろん楽しいんだけど、自転車コミュニティに参加する面白さと、自分の自由な手足としての自転車の楽しみはまたちょっと違うような気がしている。

俺は非コミュぼっち自転車趣味感が溢れている割にはそれなりに社交的にもしている(演出)ので過去にいろいろ自転車オフ会に参加したり今でもちょくちょく参加していたりもしていて、直江津で体内距離計がぶっ壊れた人達と話をしたりするのは最高に楽しかったりするのだけれど、それでもなお、やっぱり自転車の楽しさに気づいて嵌っていく情熱をこれでもかと詰め込まれたブログからは、コミュニティでは得られない感動を感じることがある。経験を積んでからもその情熱を忘れない人のブログは時間が経ってもやっぱり面白い。
逆に、最初は一から、それこそタイヤの交換からスモールパーツの交換からで一挙一動熱意に溢れていたサイトが、慣れてきて更新が止まったり高級パーツとプロ用工作機械と札束でぶん殴る系の人達がやってきて初歩的なネタを書き込んできた人が一掃されてしまったりするのを見るのは長年自転車趣味をやっている人間から見てもとても悲しい。
初期の熱意が冷めてしまっても、自転車が日常と一体化して当たり前のように風景に馴染むようになった人の話や文章はいつまでも面白い。俺もそうありたいなと思う。

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俺の愛車、まあ、まったく自転車趣味の人の自転車には見えないと思うんだけど、個人的には自転車好きのつもりだ。

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