新・のび太の日本誕生~正統なリメイクの形~

新・のび太の日本誕生を観てきた。

上の娘が早々に父親と行動する機会が少なくなり、下の息子も高学年になり、そろそろ今年が最後かな、最後かなと毎年思いながらなんだかんだと毎年観てる。
もっとも、俺自身が息子以上の藤子F狂信者だから優しい息子が付き合ってくれているのだろう、という気もしないでもないのだけれど。

去年のオリジナル作が何をやったかすら忘れるほどの大駄作だったせいもあってさすがにもういいかな、って思ってたところで、観に行こうよ、と息子に言われたので、えっ本当に?と若干聞き返しつつもホイホイと行くことにした。日本誕生なら間違いないってわかっているからってのもある。

 

思い返してみると、俺が初めて観たドラえもん映画、というより人生で初めて劇場で観た映画は、ドラえもん映画の第一作、のび太の恐竜だった。

当時俺は3歳になったばかりで、本当に物心付いたばかりっていう時に兄と両親に連れられて観に行ったのを、本当にぼんやりと覚えているような、いないような。劇場は当時町田にあった町映グリーンという、今思うと懐かしい作りの映画館だった。10年位前に閉館して、今はもう無い。

ドラえもんが大好きだったので、映画も毎年観ていた。翌年は1年だけ事情があって青森に住んでいたので宇宙開拓史は観られなかったけど、大魔境、海底鬼岩城、魔界大冒険、宇宙小戦争、鉄人兵団と初期の作品はどれも今でも大好きだ。

俺がドラえもん映画を卒業したのはのび太の恐竜から9年後、のび太の日本誕生だった。その時俺は小学6年生で、卒業式が間近になっていて、自然と僕にとってはこれが最後のドラえもん映画なんだっていう気がした。その時点で既にちょっと気恥ずかしくて、中学生になったらさすがにドラえもん映画は観ないだろうって思った。

でも、日本誕生はなかなかの名作だった。今振り返っても、素朴で奥深いテーマ、優しいストーリー、おどろおどろしく秀逸な悪役、胸に残る主題歌。少年時代最後に観たという記憶と相まって、名作揃いの最初期作群と並んでよく覚えている作品だ。
その時、ドラえもんの映画を観に行くことなんてもう無いんだな、ってちょっと寂しく思ったことを覚えている。

 

しかし、それから17年後。その時はまたやってきた。

ようやく90分間大人しく椅子に座っていられるようになった子供たちを連れて、はじめて観に来た映画は、のび太の恐竜2006だった。

なんて偶然なんだろう、と思おうかと思ったけど、たぶん偶然じゃなくて、俺がドンピシャのそういう層なだけだ。俺はドラえもんを観て育って、制作サイドの狙い通りあの時の自分と同じくらいの歳の子を連れてホイホイと映画館へ向かったのだ。

ピー助泣いた。

 

気がついてみれば、その時からですら、既に10年経つ。
大人になった俺にとっては一瞬だったけれど、子供たちにとってはとても大きな時間だったはずだ。娘は来年は高校受験だと騒いでいるし、息子は今週が小学校の卒業式だ。親の俺はそれだけ成長したかっていうとかなり怪しい。*1

 

あの時の自分と同じように、6年生になった息子と一緒にドラえもん映画を観に来た。たぶん、この新・日本誕生が映画館でドラえもん映画を観る最後になるだろう。さすがに中学生になってまで親父とドラえもんを観に行くことは無い気がする。

ドラ映画鑑賞にまさかのプレミアムシート。

だって、会員なら値段変わらないんだもん。広いほうがいい。
※余裕ぶっこいてたらこの直後息子が盛大にポップコーンをひっくり返しました。

 

観終わった感想だけど、とても良かった。

大魔境を観た時も思ったけど、「原作をリスペクトして忠実に現代の技術で再現するのが一番いい」という結論に行き着いたような、忠実で丁寧なリメイクだった。

この作品は原作自体が評価が高く、淡々として丁寧な作風なので現代でも違和感なく観られる良作だと思う。新ドラ特有の不自然なくらい大げさなリアクションも控えめになっていて、子どもも大人も一緒に楽しめる作りになっていた。

でも、ちょっとオリジナル要素を加えて違うところもある。ここは現代の制作者の思いを感じたのだけれど、一長一短ありつつも概ね納得できる改変ポイントだったと思う(魔界や鉄人と違って)。

若干ネタバレかもしれないけどわかる人にはわかる程度にざっくり言うと、一番違うところは「TP万能オチの軽減」と、「自力でなんとかなるところ」だと思われる。

TPドラミ万能過ぎ論は俺が子供の頃から度々問題になっていたので、意図的に改変を試みているのだろう。多少ご都合主義感が逆に増えてしまっていた気もするけど、ペット3匹の重要性が増したっていうのも良かったと思う。*2

もう一つ、「あ、勝っちゃうんだ、そこ。」っていうのについてはおぉぅ!?となったお父さんも多いんじゃないかと。俺もあ、その理屈で行くんだ、(どっかで見たことのあるオチだけど*3)上手いこと言うなぁ、とは感心した。かつて少年だったおっさんたちにとっては27年越しの勝利だぞ。事件でしょ、これ。*4

逆にそのせいで、旧作独特のギガゾンビの圧倒的な強さ感とか、おどろおどろしさとかは大幅に軽減されている。なんとなく、ハードモードからイージーモードに変わった感じ。旧作ファンにとってはこの点は賛否両論分かれるんじゃないかな、淡々とした怖さが作品の特徴だった気がするんだけど、そのあたりの不気味さはほとんど感じられなくなっている。

今回の日本誕生に限らず、新ドラ映画に共通して思うのは、「抗えない腕っぷしの強さ関係の消滅(のび太、ドラえもんが強い)」「友情、関係性の強調」っていうあたりで、このへんはホント時代性を反映しているなあって感じる。
魔界(銀の矢をのび太が投げる)、鉄人(ザンダクロスがお友達キャラに)ほどじゃないけど、今回もラスト「泣きドラ」路線のゴリ押し感は若干あってそこはお腹いっぱいになってしまった。ちびっ子のわかりやすさ重視で仕方ないかぁとは思ったのだけれど。
ガキ大将のようなものが世の中から認められなくなり、いじめ問題が深刻になり、空き地や裏山での友達同士の繋がりが希薄になりつつある現代においては、ドラえもんには「絶対的なものにラクして抗う方法はない。現実は厳しい」というピリッと辛いメッセージを投げる役割よりも、「みんなで協力してがんばれば、ダメな君もヒーローになれるよ」という少年漫画としてのメッセージが求められているのだ、きっと(藤子F先生の原作は結構辛口だからね)。

でも、新・日本誕生はそのへんの事情や傾向を踏まえても、うまいあたりで原作と時代性に折り合いを付け、原作にリスペクトしつつ原作に足りなかった部品をうまく補って改善した、良質なリメイク作品だなあ、っていうのが俺の感想。

27年前、6年生だった俺が観たのび太の日本誕生のリメイクを、6年生の息子と一緒に観られたことは素直に感慨深い。

大げさに言えば、俺にとっての記憶のリメイクでもあるし、この感情こそがリメイク作の狙い通りにハマっちゃっているのだろう。いいとも、狙い通りで光栄だ。

でも、息子にとってはこのリメイク作を観るのはオリジナルの体験なのだ。
こういう世代を跨った体験を促すことこそが、正統なリメイクの形なのだろうと思う。

 

陽が照っていた。27年前も。
今日と同じような、青い空だった。

 

*1:ところでこの10年のドラえもん映画で満足なようなガッカリなような複雑な気分になることとしては、これは良かった、と言える作品は新・魔界大冒険、新・鉄人兵団、そして新・大魔境。つまり旧作リメイクばっかりだってことで、しかもその中で一番満足度が高かったのは「ほぼまんま現代の技術で再現」だった大魔境。魔界と鉄人はオリジナル要素が要らんかった(旧作は魔界大冒険が一番好き)。
人魚のやつ、モアドードーのやつ、去年のやつは相当薄ーかったし、原作があるはずのキー坊ですら爆散…… パフュームのやつは観てない。

*2:TPが謎お姉さんになってたけど、お父さん向けファンサービスっつーか、95%以上のお父さんもあれが何なのかわからなくてただの謎お姉さんになってたと思うぞ! 

藤子・F・不二雄大全集 T・Pぼん 1: 藤子・F・不二雄大全集 第3期

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*3:あえて書かないけど、同様の例を上げればキリがない少年マンガ・アニメのド定番演出ではある。好きだけど。

*4:旧作って、「科学は強い、けど更なる科学には勝てない、でも大自然の歴史は更に偉大」っていう構成でしょ。これ、1989年当時のムードだったと思うんだけど、高度成長末期、エコブーム、ポストテクノロジー、ある意味ジブリっぽいというか、ナウシカ的というか。

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