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コミュニティについてのひとりごと

ここ数年、自分のスペースでこの話題には触れないようにしていたんだけれど、大衆化してはつまらなくなって沈没していくサービスをいくつも見てきて、「自分が中の人だったらどういう風に運営するだろうなぁ」ってなことをわりと真剣に考える。

10年にわたり自分が信頼してきたあるサービスがそんな感じになっているので、個人的にちょっとぼやきたい。
ハイコンテクストな話だけど前提の説明とか無いです。察してください。

たぶん、舵を切る側としては個人的な思い入れやモヤッとするものはあれど「拡大」「一般化・大衆化」に向かわねばご飯を食べていけないよ、ってことになるのだろうし、きちんとお金を払ってくれる人たちこそメインストリームに据えるべきだし、面倒なセグメント(うるさ方の古参とか)は切り離していかなければならない、っていう事情もあるのかもしれない。初期から携わっている中の人の気持ちとしては、当初の専門性や嗜好性を失いたくないという気持ちと天秤に掛けて痛し痒しといったところだろうかと想像する。

が、しかし。ブランドのコアを失ったサービスからは人が離れていくよ。そうなったら、おしまいだ。「コア」は“昔は良かった”とか“老害”とかそういうものとは違うんだよ。








※なお俺の個人的属性(お仕事とは関係ありません):

・好き>ブログ(Amebaを除く)、Twitter、Tumblr
・嫌い>mixi、Facebook、CA、LINE

追加:

拡大、大衆化路線のつもりで薄い新規層を囲い込んでもそれは1,000人しかいなくて、実は潜在的な10,000人を失ってたら意味ないでしょ?っていうこと。
「僕たちは色んな人とお花見できるようになったことを喜んでるんです!」っていう人たちが大風呂敷広げて花見を楽しむのは勝手だけど、それが社会全体のメリットになるかっていうとそれは誤解で、10,000人が来られるはずの公園を占拠するような構造はだめでしょ、っていうような、そういうこと。




ユーザ個人としては書くブログは自由だし、好きなことを書いていいし、評価を気にしながら使うようなものじゃないんだ。楽しいのが一番なんだ。
ただ、ソーシャル「メディア」として集合知を求めることが目的のツールの場合は、「有用で質の高い情報を流通し、発見しやすくする」ことが求められるのだ。スパムの問題含め、そこの理解が合っていないと議論してもズレると思う。


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